一級建築士資格独学散歩道

一級建築士資格取得までの道のりを散文的に綴ります。

1.受験の風景、そして試験会場では

2015年7月31日の日記
 平成27年7月26日午前8時45分、私は一級建築士試験の会場である早稲田大学へと向かった。東西線早稲田駅の改札を出ると、周りは試験に臨む人々の群れがある。この群れに混じって歩んで行く。目指す試験会場は「早稲田キャンパス」であるが、この他にも早稲田大学の試験会場があり、そこは「西早稲田キャンパス」である。もしや、この群れは「西早稲田キャンパス」に向かっているのでは無いか。そう不安に駆られて、iPadで現在地を調べた。  

  どうやら人々は正しい道程を歩んでいるようだ。初めて歩く道ではあるが、風景よりも人々が気になる。前方には随分と若い受験生がいる。老齢の人もいる。この資格試験を受験する一団は玉石混交である。

 試験会場は広い早稲田キャンパスのやや奥にあった。入口に受験番号と割当教室番号との一覧が貼り出されている。その周りに14名ほどの人だかりがある。
 見上げると4階建ての、何の変哲もない古びた建物だった。昭和の時代に建てられたものだろうか。もしや空調が無いのではないかと再び不安になった。しかし、自分が座るべき椅子があるはずの、その狭い部屋は思いの外涼しかった。机には受験番号と私の名前が書かれたカードが貼ってある。これなら間違えることはあるまい。
 その教室を見回すと、3人掛けの長机が3列6段に配置されていた。真ん中の席は空席にしてある。つまり、36人の受験生がこの部屋に詰め込まれることになるはずだった。
 
 試験開始は9時半からである。それまでの静かなひと時には、めいめいが参考書を開いていた。やがて試験官が会場に現れた。小柄な助教授と思われる男性と、院生と思われる如何にも真面目な女性が私たちの眼前に立ち説明を始めた。注意事項が淡々と語られ、問題用紙が配られた。問題用紙はまず枚数を数えて過不足を確認する。解答用紙には配られた時点で氏名と受験番号を書き込む。
 その後、携帯電話の扱いに関する説明があった。そして、茶封筒が配られた。この茶封筒に電源を切った携帯電話を封印するのだ。その上で机上に置くよう指示がある。試験中はこの封を開封してはいけない。なんとも厳重な試験である。
 
1限目〓「Ⅰ.計画」「Ⅱ.環境・設備」
 
 1コマ目の試験は、「Ⅰ.計画」と「Ⅱ.環境設備」の2科目を同時に解く。それぞれ20問ずつ、制限時間は2時間。1問につき3分の配分だ。過去問を何度か解いた経験から、この科目は時間が大幅に余る。
 学科試験は四択の中から一つの誤った選択肢または正しい選択肢を抽出する。
 計画の問題パターンは、①建築史など知識を問う問題、②室面積などの設計仕様を問う問題、③建築士としての倫理観を問う問題、の3種類だ。特に①の知識問題は、知らなければ歯が立たない。そこで、文章の中からありえない設定を探すことになる。しかし、ここにはひっかけ問題が潜んでいる。今回、日本建築史の問題では茶室が出題された。「利休が好んだ2畳の茶室」を誤りとして選択したが、実はこれは正しいと後から知ることとなった。
 環境・設備の設問は、①用語の意味を問う、②風量・採光などの適性を問う、③設備の仕様や仕組みを問う、の3種類に分類できる。
 環境設備の問題では、直前に確認した問題が出題された。実に幸先が良い。
 最初の目論見通り80分ほどで2科目分の解答を終えた。不明確な解答をもう一度見直す。
 1限目は11時45分に終了する。試験が終了すると、そこここで、携帯電話を封印した茶封筒を開封する音がした。休憩中は携帯電話の使用が許されているようだ。
 
2限目〓「Ⅲ.法規」
 
 12時半より2時限目の試験が開始される。アンダーラインを山ほど書き込んだ馴染みの法令集を机の上に置く。日建学院のオレンジ本である。しかし、周りは皆なぜか青本を手にしている。会場の34名ほどの受験生のうち、私と同じオレンジ本を使っているのは4名ほどであった。まるでアウェイ感がひしひしと迫りくる感じだ。青本は、日建学院のライバル校である総合資格学院が出版している。実際には青ではなくどう見ても緑色だ。受験生が使っているのはオレンジ版の方が多いと思っていただけに少しだけ愕然とした。
 再び試験官により一通りの注意が繰り返され、携帯電話封印の茶封筒を破ったものに対しては、もう一度封筒が配られた。その後、法令集チェックがある。試験官の説明によると、ページあるいは章などの参照先を書き込むのは良いようだ。文章を書き込んではいけないらしい。ところがである、法令集チェックに斜め前の女性が引っかかった。一大事である。試験官がページを何度もめくり、消しゴムで文字を消すよう指示をしている。後ろからも彼女がそうとうに焦っていることがわかった。おそらく一回目の受験なのだろう。彼女が法令集を取り上げられないことを祈っていたら、今度は目の前の女性もチェックに引っかかる。こちらはそれほど書き込みがあるわけではないようだ。自分の法令集にも2、3箇所文字の書き込みがあり、ヒヤヒヤしたが、チェックに時間が避けなくなったようですんなりパスしてくれて助かった。
 法規の試験は12時55分から14時40分までである。設問数は30題なので、1問につき3.5分の配分だ。しかし、法規の選択肢は長文が多い。最も時間が足りなくなる科目である。
 他の科目と異なり、法規だけは過去問を学習してもなかなか点数が上がらなかった。ほとんどの問題趣旨は、選択肢が適法か否かを判断する内容になっている。一つの選択肢を不適法とする条件は、面積、高さ、構造、用途区分など数多く存在する。ひとつひとつをパターン化して記憶するのは到底困難なのだ。しかも文章は難解である。選択肢を読み解くために時間が取られ、全ての設問あるいは選択肢に対して法令集を引く時間はない。おそらく法規の30問のうち8割に対しては法令集を引かなくとも問題を解けるように準備をする必要がありそうである。そんなことを考えている間に、今日の試験を迎えてしまった。問題を解きながらも、もっと法規に時間を割くべきであった、と大いに反省する。
 
3限目 〓 「Ⅳ.構造」「Ⅴ.施工」
 
 まずは施工から問題を解く。構造は計算問題が含まれており、解答に時間を要するものがあるからだ。
 施工は、イメージで覚える。部材や施工現場を思い浮かべながら解くことができる。いわゆるイメージ記憶を頼りに問題を解く。大昔に一級建築士となった先輩は、施工の問題に対しては通常の現場ではありえない設定を解答すると、正解を選ぶことができるといっていた。つまり、現実の現場では施工の基本を守ることは稀であったそうだ。私は内装の設計施工しかやったことがない。躯体周りは内装や外装で隠されてしまうので、そんなものだろうと納得した。
 構造の問題は、①応力計算などの計算問題、②耐震設計基準、③部材応力の基準値、の3つに分けられる。①は公式を使うか直感で解くことができる。私にとっての難問は②の設計基準である。特に限界耐力と保有水平耐力の関係性をはっきりと把握できていなかった。この構造設計に関わる問題は、その基準と理屈を理解しなければ解けないものが多い。最近やっと理解が進んだその理屈から間違い探しをするのである。構造の設問の中で、この種のものについては法規同様に基本的な考え方を理解する必要がある。学習にはそれなりに時間がかかる部分である。
 
 以上が私が初めて一級建築士の学科試験に臨む風景であった。1月から約7ヶ月、好きな読書を絶って臨んだこの受験は7ヶ月間の集大成だ。試験が終わると、常に建築と向き合うという束縛からの解放感と、もしかすると受かっているのではないか、という期待と、そして、もう一度学科試験を受ける羽目になるのではないか、という不安が錯綜した。そうして、期待と不安は静かに心の底に沈み、解放感だけを携えながら帰途についた。